歌とお話でつづる 増補新版・組曲『日本国憲法』(芸術と憲法を考える連続講座 vol.27)
文と写真 川嶋均(講座事務局)
この企画のそもそもの発端は、藝大の連続講座に毎月来てくださっていた都立高校の退職音楽教師・池田幹子さんが、ご自身が関わるアマチュア合唱団・自由な風の歌で、林光さん作曲『憲法・はじめのことば(前文)』と『第9条』を歌っていることをぼくに話してくださったことだった。池田さんは在職中、君が代伴奏拒否で東京都から処分を受け、取り消しを求める訴訟を闘われた方でもある。劇作家・永井愛さんが、君が代問題を扱った喜劇『歌わせたい男たち』執筆の際、池田さんにも取材したそうだから、劇のモデルの一人といっていいのかもしれない。組曲『日本国憲法』(林光、萩京子、吉川和夫作曲)は、1983年と84年2回の上演のあと、作曲者らによる演奏は永く行われてこなかったが、その間にも教育現場で思想・良心の自由のために闘っていた池田さんのような方たちが、組曲のうち前文と9条の2曲の部分だけだったが、この作品を歌い継いでいたのだ。
(※註 「コンサート・自由な風の歌」は、林光の企画で、「君が代」を弾かない音楽教員たちの裁判支援のため、2005年スタートした。林の死後、2016年以降、組曲『日本国憲法』からの2曲を歌っているという。)
「藝大の憲法講座で、参加者も一緒にこの組曲を歌ってはどうかしら」と、去年(2019)の5月池田さんに言われたぼくは、亡くなった林光さんと関係の深い作曲家の寺嶋陸也さんが、ぼくたちの「自由と平和のための東京藝術大学有志の会」の呼びかけ人だったことを思い出し、相談を持ちかけた。売れっ子で超多忙の寺嶋さんが、よもやこの話に乗ってくるとは思わなかったのだが、予想に反して寺嶋さんは「やりましょう」と言ってくれた。藝大受験で浪人していた1983年夏、寺嶋さんは俳優座劇場の客席でこの曲の初演を聴き、胸躍らせたという。寺嶋さんにとっても、この曲は特別な作品だったのだ。寺嶋さんはすぐ、組曲の共同作曲者で、オペラシアターこんにゃく座の音楽監督・萩京子さんに連絡してくれ、萩さんも二つ返事で協力を申し出て下さった。
その4日後、萩さんも加わっての3者協議が行われ、初演版では取り上げられなかったいくつかの条文に今回新たに曲をつけ、増補新版として上演することになった。曲間にお話を散りばめる案はぼくのアイデアだったが、そのお話をお願いする国際ジャーナリストの伊藤千尋さんも入って、俳優座劇場近くの喫茶店での話し合いで上演の骨格が決まったのが9月。初演時の共同作曲者・吉川和夫さんも、新たな曲作りへの参加が決まった。折しもあいちトリエンナーレでの『表現の不自由展・その後』中止事件が持ち上がり、藝大の連続講座でもこれに関するシンポジウムを急遽立ち上げねばならなくなって、その調整に神経をすりへらしていた頃でもあった。
2020年3月27日。コロナ禍のために無観客上演となった《歌とお話でつづる 増補新版・組曲『日本国憲法』》。ぱらぱらと客席から見守る数名のスタッフを聞き役に、インターネットの向こうで聞いてくれているかもしれない聴衆を思い描き、ややぎこちない空気のなか、ぼくのあいさつで前半のプログラムが始まる。組曲本編の演奏。1条1条、憲法の条文が力強い歌声で歌い進められていくのを司会席から聴くうち、この連続講座2年4ヶ月の間のさまざまな苦労や、コロナ禍に振り回されながらこの組曲の稽古を重ねた日々のことが、走馬燈のように頭のなかを駆け巡り、涙がこみあげてくる。
問題はプログラム後半に用意したトークコーナーだ。ぶっつけ本番はやはりむつかしい。会がすっかり済んでしまってから、あれを話せばよかった、これも言い忘れたと、登壇した4人が4人ともに思いの残る反省の弁。ぼくは、この企画の発端を作ってくれた池田幹子さんのエピソードを皆さんに紹介しなかったことが、悔やまれて仕方ないので、このプログラムノートにそれを記しておくことにした。伊藤千尋さんからは「27回も続いた藝大の憲法講座のことを誉め忘れた」と、翌日メールをいただいた。寺嶋さんからも、「朝鮮学校の子ども達が置かれている窮状を訴えたかったのに!」と(憲法26条 教育を受ける権利・受けさせる義務 についてのコメントで)。普段、講演や演奏の場数を踏んでいるはずの人にとっても、不慣れなネット配信は緊張するものらしい。
池田さんが去年おっしゃっていた、講座の参加者皆でこの組曲を歌うことは今回はかなわなかったが、トークのなかでも触れられたように、この組曲の楽譜を出版し、「歌声よ起これ」と、日本中の合唱団、老若男女にこぞって日本国憲法を歌ってもらう運動を起こせたら、どんなに素晴らしいことだろう。そして軍備ではなく、医療や福祉や教育のためにこそ汗を流す、9条の精神が生き生きと輝く政府を作ることが出来たなら...。世界にコロナ禍が広がる今だからこそ、その思いを強くし、多くの人々と共有する一助に、この映像作品がなってくれたならと願う。
今回の組曲上演に関わったすべての方々、この2年半、連続講座に参加するため、仕事や勉学を終え、夜の東京藝大に足を運んでくださった大勢の方々に、お礼申し上げます。この学びを糧に、さらなる行動へと「不断の努力」を続けていきましょう。(2020年3月30日)
◇追記
この無観客上演の映像収録が行われる直前の、2020年3月25日、東京高裁で続いていた君が代不起立訴訟で、都立特別支援学校の二人の元教師が受けた停職6カ月の懲戒処分を、東京高裁は違法だとして取り消した。司法の独立や公正が疑われるようなおかしな判決ばかりが続く昨今、思想・良心の自由が守られたという、久々に聞く明るいニュースだった。
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◆YouTube動画《歌とお話でつづる 増補新版・組曲『日本国憲法』》⇒
https://youtu.be/GoRx3ynPWzs
◆伊藤千尋先生ご自身によるお話のまとめ記事がFacebookにアップされています。⇒
https://www.facebook.com/chihiro.ito.1069/posts/3045662232140050
◆以下のFacebook記事にも、上演・稽古風景などの写真あり。⇒
https://www.facebook.com/hitoshi.kawashima.794/posts/2996144737111525
◆作品データ
歌とお話でつづる 増補新版・組曲『日本国憲法』(芸術と憲法を考える連続講座 vol.27)
【作曲】林光/萩京子/吉川和夫/寺嶋陸也
【演奏】芸術と憲法を考えるアンサンブル9
歌: 赤坂有紀/麻山皓太/雨宮昌子/泉篤史/大塚雅仁/岡原真弓/沖まどか/尾崎菜香子/熊谷みさと/佐藤敏之/白石静香/杉野成/鈴木あかね/鈴木裕加/竹内一樹/藤井あや/堀津誠/山本信夫
クラリネット:草刈麻紀 /ヴァイオリン:早稲田桜子 /ピアノ:寺嶋陸也
指揮:萩京子
【お話】伊藤千尋
【司会】川嶋均
【映像制作】オペラシアターこんにゃく座 動画部
【後援】日本ペンクラブ
【主催】自由と平和のための東京藝術大学有志の会
◇収録:2020年3月27日
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【作曲者/作曲年】
前文
林光/1983
第1章 天皇
第1条 天皇の地位と国民主権
萩京子/1983年
第2条 皇位の継承
萩京子/1983年
第3条 天皇の国事行為に対する内閣の助言と承認
萩京子/1983年
第4条 天皇の権能の限界、天皇の国事行為の委任
萩京子/1983年
第6条 天皇の任命権
萩京子/1983年
第2章 戦争の放棄
第9条 戦争の放棄、軍備及び交戦権の否認
林光/1983年
第3章 国民の権利及び義務
第11条 基本的人権
萩京子/1984年
第12条 自由・権利の保持
萩京子/2020年
第13条 個人の尊重・幸福追求権・公共の福祉
萩京子/2020年
第14条 法の下の平等
萩京子/1984年
第19条 思想及び良心の自由
萩京子/1984年
第21条 集会・結社・表現の自由、通信の秘密
萩京子/1984年
第25条 生存権と国の責務
萩京子/1984年
第26条 教育を受ける権利、受けさせる義務
寺嶋陸也/2020年
第28条 勤労者の団結権
萩京子/1984年
第32条 裁判を受ける権利
萩京子/1984年
第36条 拷問及び残虐な刑罰の禁止
萩京子/1984年
第38条 自白の強要の禁止
萩京子/1983年
第8章 地方自治
第92条 地方自治の基本原則
吉川和夫/2020年
第9章 改正
第96条 改正の手続き・国民投票
吉川和夫/1983年
第10章 最高法規
第97条 基本的人権の本質
萩京子/1983年
第98条 最高法規・条約及び国際法規の遵守
萩京子/1983年
第99条 憲法尊重擁護の義務
萩京子/1983年